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最高裁判所第三小法廷 昭和56年(オ)988号 判決 1982年6月08日

上告人

金スミ子

右訴訟代理人

浦部信児

被上告人

松山達美

外三名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人浦部信児の上告理由について

土地の仮装譲受人が右土地上に建物を建築してこれを他人に賃貸した場合、右建物賃借人は、仮装譲渡された土地については法律上の利害関係を有するものとは認められないから、民法九四条二項所定の第三者にはあたらないと解するのが相当である。これと同旨の原審の判断は正当であり、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(横井大三 伊藤正己 寺田治郎)

上告代理人浦部信児の上告理由

原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違背がある。けだし、本件の争点は、上告人が民法九四条二項にいう「第三者」に当るか否かにしぼられ、その解釈いかんが判決の結論を左右しているからである。

本件における上告人の地位は、通謀虚偽表示にかかる被上告人先代から訴外康宝栄への売買にもとづき、同訴外人が所有権移転登記を経た土地上に建築所有するにいたつた建物の賃借人というに尽きるところ、一審判決は(別件)「判決により通謀虚偽表示として無効とされたのは本件土地の売買契約であるから、土地とは別個の存在である建物につき法律関係を有したに過ぎない被告(上告人)が民法九四条二項にいう第三者に当らないことは論を俟たないところである」旨判示し、原判決もまたこの判断を無批判に継承している。この解釈は以下に述べる理由によつて誤つていると考える次第である。

(一) 右条項にいう第三者とは、「虚偽表示の目的につき法律上利害関係をもつにいたつた者」たることを要するというのが、確定判例の一般概念としても、原判決において上告人が(イ)その借家権を訴外康との借家契約という「新たに別個の法律原因」にもとづいて設定を受け、(ロ)その直接的効果としての建物占有権原の取得という法律上の効果にもとづいて本件土地自体を支配しているということ、現に原判決の結論を承認すれば、上告人が予期せぬ側杖を受けて、借家権を否認されるという矛盾的利害関係に立つているのみならず、従来訴外康に支払つた家賃以外に地代相当の損害金の支払をよぎなくされるという(単なる借家権の否認という以上の)相乗的不利益を蒙るということ、これら構造・関連に照らしても、上告人の権利ないし利害は、虚偽表示の効果を制約するものとして保護にあたいすると考えるべきであろう。

(二) 尤も一審判決は矛盾的利害関係を認めても「事実上」のものと断じ、上告人を第三者から排除した。

しかし、第一に上告人の土地支配は法律行為の直接的効果としての権利であつて、何らの権原設定行為にも媒介されない偶然的占拠とは異なる。

しかも当事者間で、土地占有の正当性をめぐつての争奪戦が展開し、一方を立てれば他方が倒されるという場合に、一方の他方所有物に対する対抗関係はいかなる場合にもつねに「事実上」であり、そうかといつて本件に即していえば、対抗関係の設定は「法利上」の原因にもとづいており、また否定されかねない利害は借家権というれつきとした「法律上」の性質を帯びているのであつて、かかる利害関係を総括して「事実上」のものたると「法律上」のものたるとの区分がありうる筈がない。因みに、第三者性の明白な事案について、この区分をすることがいかに至難かつ無益であるか思い半ばを過ぎるものがあり、この基準のたて方いかんによつては、かなりの場合について第三者性を否定しなければならないという奇妙な帰結を生むであろう。

(三) のみならず一・二審判決は、第三者の権利・利害関係につき、目的物に対する「直接的」関連性ないし対象即応性ともいうべき要件を設定している。しかし、被上告人らの本訴請求そのものが本件土地について上告人の占有権原と矛盾相剋関係にあり、上告人の権利(利害)が本件土地占有権原の存否によつて左右される(土地売買の虚偽無効を認めると土地明渡義務を負う)点では、直接的関連性をもつことを否定しえない以上、利害関係について正しくは矛盾すなわち対立の直接性の存否を問えば足り、そのうえで第三者の権利(利益)の保護価値を論ずべき筋合のものである。

(1) その点では、土地の仮装買主から借地して建物を建築所有する第三者が、仮装売主との関係で民法九四条二項にいう第三者に異議なく含まれるとすれば、その借地人の土地占有利益と本件における上告人のそれとでは、仮装買主の所有権を信頼した点、さらに仮装売主に対する制裁的不利益を考慮する点では、法的に保護すべき価値において何ら径庭はないと考える。

(2) 虚偽表示が先行したのが本件事例だとすれば、虚偽表示に類する行為が爾後に行われた場合と対比すればどうなるであろうか。被上告人、訴外康間の売買が真正・有効に成立したとして両名間の通謀の結果、借家人たる上告人追放目的の手段として、土地売買契約の合意解除が仮装的に行われ、家主では無理な建物明渡訴訟が、地主と結託しその名を利用すれば(たとえ解除の仮装性が暴露しても)たやすく奏功する(原判決の論理ではそうならざるをえない)という不合理は、とうてい是認することを許されないであろう。

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